不思議なオカリナ〜エジプト・アレキサンドリアでの奇跡
言葉が通じない、
文化が違う、
そんな場所にいきなり降り立ったら、
人の行動は二通りに別れます。
一つは、心を閉ざすか、身内だけで集まる人。
もう一つは興味を持って積極的にコミュニケーションをとる人。
さあ、運命を拓くのはどっちでしょう?
この事を考えるとき、
オカリナが友情を結んでくれたエピソードのなかでも
忘れられない思い出があります。
それは、私が船舶に乗り組んでいた頃、
船でアレキサンドリアに入港したときの話です。
初めてのアフリカ大陸
イタリアのラスペツィアを出港し、地中海を南下した我が船は
いよいよアフリカ大陸へ。
私にとって、アフリカ大陸は全く初めてで、
ドキドキするばかりでした。
「アントニーとクレオパトラ」を思わせるアレキサンドリアの城壁
双眼鏡で見ると、
大きなイスラームのモスクや、
近代的なビルと古ぼけたアパート群がびっしり並んでいる港が見えた。
エジプトの北側の海岸 アレキサンドリアだ。
アレキサンドリアというと、
シェイクスピアの戯曲「アントニーとクレオパトラ」で、
ローマのアントニウスと、エジプトの女王クレオパトラの
波乱万丈の恋のものがたりの舞台となったところです。
双眼鏡で、陸岸がだんだん大きく見えてきました。
ローマ時代を彷彿とさせる、白亜の城塞が見えてきます。
「おお、
ローマと古代エジプト!」
私の心の中では、
シェイクスピアのドラマが広がってきました。
「古代ロマン!!!」
しかし、実際に上陸してみて、
アレキサンドリアでのもう一つの驚き
アレキサンドリアに上陸しました。
車が走っている真横で
馬車(観光用ではなく、実際に実用の馬車)が走っていて
ビックリしましたが、
お!
オープンカーが走ってるやんけ!
これ、オープンカーじゃなくて
屋根がブッ壊れていただけです。
バスは、定員215%のような感じで、
ドアの手すりから外に傾くようにぶら下がって乗っている、
アクロバティックなお兄さんお姉さんたちの姿もあるし、
土産物屋で買い物をしていたら、
何か、祈りの音楽のような放送が街中に流れ
お店のおじさんは
ちょっと待ってくれというような仕草をして、
何かどこかの方向を向いてお祈りを始めるし、
あ、
そうだ。
ここは、いまは、イスラームの人が多いんだ。
これは、
一日のうち何回かお祈りをする時間なんだと知りました。
何もかもが初めてで、
驚くばかりでした。
でも、驚いたことはこれだけではありませんでした。
一生記憶に残り、忘れられない
宝物のような体験をしたのです。
アレキサンドリアで経験した本当の宝物
では、
どんな宝物のような体験をしたのでしょうか?
一生楽して稼げるノウハウを見つけた?
いいえ。
美味しいものをたらふく食べて、珍しいお土産をいっぱいゲットした?
これもいいえ。
こんなチャチくてショボいことじゃなくて
もっと もっと
すごい体験をしたんです。
コプト正教の地区を訪れて
アレキサンドリアに上陸して、現地の英語を話せる人を訪ね、
私はコプト教徒(キリスト教のなかのコプト正教)の住む地区に案内してもらいました。
コプト正教というと、キリスト教で、
ローマ帝国がキリスト教を受け入れてカトリックが始まった時代より前に、
イエスの直弟子のひとり聖マルコが、エジプトのアレキサンドリアに渡って伝えた教えが
現在まで伝承されている、伝統的なキリスト教です。
私が上陸した当時は
もう、エジプトではイスラームの人がほとんどで、
コプト正教を信じる人々は少数派で、
純粋で敬虔な信仰を守りながら、とても貧しい暮らしをしていました。
このコプト正教の場所を訪れて見たこと、
体験したことがいまだに忘れられません。
言葉の全く通じない人々を訪問して
当時エジプト社会で少数のコプト正教を信じる人たちは、
社会の中で働く場所や居場所を見つけるのも困難で、
貧しい暮らしをしており、
訪れたところは「スラム街」と呼ばれるところでした。
4畳ほどの小さな部屋に子どもたちを含む8人ほどが暮らしており、
雑然としたところでした。
狭い空間に大勢の家族、そしてイヌとネコとニワトリが
一緒に暮らしていました。
最初、胸が痛みました。
「こんなに狭いところで・・・」
涙が流れそうになった。
日本では考えられない生活空間です。
しかし、
その中に入って次に感じた。
「なんだか幸せそう・・・」
そう。
みんな生き生きとしていて
ニワトリがコッコッコと走っては
ネコがニワトリと一緒に歩いているし、
子犬はクルクル回ってるし、
それを見て
子どもたちもお母さんも、仲良く笑ってるし、
みんな仲良く、楽しそうな
これも日本では見たこともない
楽しい空間でした。
関西弁しか話せない私が、エジプトの言葉で対話できたわけ
当時私は、生まれ育った京都弁と、
ちょっとマスターした広島弁と、
関東言葉よりもちょっとだけフリューエントリーに話せる英語
くらいしか話せなくって、
言葉も通じなかったのですが、
子どもたちが部屋の上を指差したら、
なんと
ビックリしました。
もう、散らかりまくって、動物たちの匂いもしているアパートですが、
その一角だけ美しく飾られ、
そこにはイエスキリストの額が掛けられていました。
「イエス様!」
思わず涙が流れて、
日本語で私は言いました。
「イエス」が通じたのでしょうか
みんな、私の手を握ってうなずいてくれて、
イエス様の額に向かって、みんな合掌しました。
私も一緒に手を合せました。
どうしゃべろうか・・・
英語も通じない、
トラベル会話集にエジプト語が書かれていない・・・
とにかく言葉が通じないのでどうしたらいいか分からず、
私はポケットからオカリナを取り出して、
日本のうたといえば…と思い・・・
「ふるさと」を吹きました。
オカリナ語。
みんな、
私の「ふるさと」のメロディーにあわせて
ハミングしたり、体を揺らしたりして、リズムに浸ってくれました。
そしてこんどは、
子どもたちが歌を歌ってくれました。
言葉も全くわからない歌でしたが、
みんな目がきらきら輝き、
はつらつと歌っていました。
案内してくれた英語の話せる現地の人から聞きましたが、
歌の内容は
「イエス様がいるから何も怖くない、
イエス様がいるからどんな時でも勇気が持てる」
という内容でした。
私もお返しに、
オカリナで「ごらんよ空の鳥」などの
フォークソングのゴスペルを何曲か吹き、
音楽で交流しました。
こんな曲です。
(私がオカリナで一人多重層して動画を作ったものです)
音楽はいいですね。
言葉などいりません。
音楽と笑顔と手拍子で、
お互いにうれしい気持ちになれました。
これは何語なんでしょう?
日本語でもない、英語でもない、エジプト語でもない。
英語を話せる現地の人の通訳を介しても伝わらなかったけれど、
これほどストレートに通じた言葉はない。
あえて言うなら、
オカリナ語と、歌言語。
音楽で伝わる言語外のメッセージ(ノンバーバルメッセージ)なんでしょうね。
経験した一生の宝もの
みんなで写真を撮ろうと思ってカメラを出したら、
みんな珍しそうに見ていました。
ここにはカメラはなく、
見たこともなかったそうです。
帰ったら写真を送るからと約束しました。
この体験を通じ、
私は見たこともないものを見たと確信できました。
こんなに貧しくて、
「つらそうだ」と私が感じる住居街で、
みんなは「つらそう」に見えない。
光っている何かがありました。
私にもないし、日本ではなかなか出合えなかった何かが。
心が明るく豊かなのです。
みんな、生きていることに誇りを持っています。
誇りと喜びを持っています。
生き生きとしています。
私は、もし家庭を持つならばこんな家庭を持ちたい、
持ち物がたとえ貧しくても、
こんな心に富んだ家庭を持ちたいと強く思いました。
あれから何年たったでしょうか。
あの時見たものを、今も忘れられません。
コミュニケーションは何でも通じる
オカリナが運んでくれたいろいろな友情、
いろいろな交流は
数知れません。
でもこれは
オカリナだけのことではないと思うんですよね。
私は、オカリナが好きだったから、オカリナが大活躍してくれました。
ギターが好きな人、
歌が好きな人
音楽でなくてもいい。
野球が好きな人
料理が好きな人、
なんでもいいんだよ。
好きなことを
好きなようにやる中で
国境も言葉も超えた何かが通じるはずです。
こうしたコミュニケーションが成功した体験は、
その後の
大きな原体験になる、
そう私は強く思います。
この話のツボ〜ライティングの立場で
あ、そうそう、
このブログはライティングのブログでしたね。
このお話は、オカリナの話だけではありません。
ライティングに取り組んでいるあなたなら
ここから
何を掘り出し、何に気づけますか?
共通する感情のツボがある
ライティングをしていて心配になるのが、感情が伝わるのかという心配です。
私はエジプトで
英語がわからない、文化が違うという
圧倒的な現実の只中に突然上陸しました。
しかし
そこでシャットダウンしていたら、いつまでも、心は通じない。
いくら国が違っても、文化が違っても、
共通するツボがあるはずです。
そのツボを発見し、
「だよね」「だよね」と思い合う。
これがまず第一歩だとわかった。
だから、
共通するツボを見つけたら、必ず通じ合うと信じましょう。
コミュニケーションをとる究極の秘訣
コミュニケーションが取れない、言葉がわからない、
そこで心を閉ざしていてはいけません。
コミュニケーションを取ること。
コミュニケーションの究極の秘訣は簡単です。
それは、コミュニケーションを取ることです。
コミュニケーションを取ろうと思うことです。
難しい語学をマスターすることでは有りません。
だから、ライティングをするときも
難しい文章術をマスターすることではなく、
国語や外国語をマスターすることでもなく、
それはあくまでも枝葉であり、ツールであり、
根本は
伝えようと思うこと、
そしてわかろうと思うこと、
そこにあると思うんですよ。
臆するんじゃないよ。
ビクビクするんじゃないよ。
まず書こうよ
書いて、読んでもらおうよ。